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記憶・脳の不思議 [金魚]

記憶って何なんだろう、本当の記憶なんてないのかもしれないと思った。それは時が経ってからイメージする過去があって、それが遭遇する時が、記憶というものなのかもしれないと思えたりした。
今と遭遇する不思議が、記憶という存在になるのかもしれない。

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2021/07/17/05:34 夏は北側の窓から朝焼けが見えます。

金魚のサラは去年の7月には、2.5cm程の尾びれが大きくゆらゆら揺れて、濃い朱色の個体だった。すごいスピードで水槽内を下から斜め上へ忙しく行き来していた。
一年一ヶ月経った今、体長は約20cm、尾ひれが約1/3を占めていて、体高は、胸びれ、背びれを広げると7~8cmにまで成長してしまった。水槽は10Lから20Lにしても、泳ぐスピードはゆっくりになり、水草の間を縫って泳ぎ、吃驚した時の身の熟は俊敏だけれど、稚魚の時の鋭敏さは無くなった、、、、

で、ふと、サラの泳ぎ、成長を見ていると、人間の場合も同じだなーと、子供も歩き、走るようになる2~3、4才頃には、結構な速さで、咄嗟に走り出す傾向があり、突然走り出されると、見送ってしまう何者かが横たわる。走れることが嬉しい、走ることが、只々楽しいのかもしれない境地が現われる♪

例えば、玄関を出るといち早く辿り着こうと、必ず駐車場まで懸命に走る。。なんでやねん「廊下は走るな」と叫ぶ、ゆっくり行ったらいいやんと思う、公園はもちろんどこかの施設内でも、何かに向かって咄嗟にさーっと走る。「走りなさんなー!」むりなんだわ★ 

一度2才半〜3才位の男の子と公園に行った時、少し傾斜のある広場を、彼は急に走り出した、斜面の加速がついて制御不能、、あーっと言う間に、そこには40cm近い切り株がー。。。あーもうアカン、救急車やーと覚悟した途端、切り株の前で、彼はさっとそれを避け、左方向に身を切り替えし、方向転換したのだ、あー神さま有難う、と、彼の機敏さに胸をなでおろし、必死に走って捕まえたのを思い出しました。
また私の知り合いには、嘗て、ハーネスを付けていた人がいましたよ。

成長と共に脈略もなく「急に走り出す」ということはないし、あのちょこまかが難敵なのです、サラも10Lの水槽の時、泳ぎまくって、カーンと水槽にぶつかることがありました。自分の大きさが判らずに?


夏は暑い日が続くので、「サラ」の水槽も3~4日で、お水は濁り、重い鉛色になります。
湿度の高いこの日、お昼を過ぎて、水槽の掃除をし、古い水をすくうたびに、サラの独特な匂がします。半分新しいお水を足して、その中にサラを戻し入れてやります。


サラは大きな目で私を見ます。彼女は眼が大きいだけではなく少し出目金の傾向があって、ぎょろりと、ちょっと斜視気味に私を見ます。白目が無いのに、斜視を感じるのは腑に落ちないけれど、その目を見ていると、また、記憶が蘇ってきます。

その眼は、私が子供の頃近くに在った本屋のおばさんを思い出させたのです。。そのおばさんは間違いなく斜視で、やはり大きく出っ張った眼て、ぎょろりと私を見るのです。髪の毛は茫々、でも嫌な思い出は全然なく、今思うと、もしかしたら彼女は「バセドー病」だったのかもしれないと思ったりします。


【サラ】の眼が、もうすっかり忘れていた、一度も思い出したことのない本屋のおばさんの眼を思い出させるし、金魚の【サラ】が来なかったら、人間の子共は、走りたがる傾向にあることを想い出させたりしないし(勿論個体差はあります、ゆっくりゆっくりしている子もいると思います)
一体記憶って何なんだろうと思えたのです。。

金魚のサラがやってきて、過去のイメージが立ち上がって来て、それが記憶となって、蘇るんだと思え、単にそれは脳という不思議な機能のなせる業だけではなく、記憶も狭間のイキモノで、曖昧で、過去と現在の間にあつて、見える時、それが記憶として立ち上がってくるのだと思えたりします。、


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2021/08/05/19:57 西の窓から「ふたりの遊ぶ」


自分が培ってきた物の見方や価値観なども、記憶されたモノで、必ずしも絶対的なものではないかもしれないと思えるようになってきました。


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